どっちのぼくがいい?(カツジ猫)
みなさん、おはようございます
かいぬしは、いえが、どうにもかたづかないといって、
おきゃくさんに、でんわして、よていをかえてもらいました。
はんつきぐらい、きてもらうのを、のばしてもらったらしいです。
「うん、これでなんとか、かたづけられるだろう」と、
よろこんでいますが、だいじょうぶなんかな。
よゆうができると、すぐ、あそびだす、ひとだもんな。
いまもまた、しょうもないことで、なやんでいるみたいです。
ぼくのめいにちに、「ぺなんと」をつくってくれたんだけど、
そのあとで、いちばんぼくらしい、しゃしんがみつかったので、
ついかでまた、ひとつつくりました。
ぼくは、いきているとき、いつも、すわるときに、
かたてをだらりとまえにたらす、くせがあって、
そのぽーずが、いちばんらくだし、ぼくの、「きめぽーず」でした。
でも、かいぬしは、あたらしい「ぺなんと」をつくったあとで、
「たらしている、あしのさきまでがみえるといいのになあ」と、
ざんねんがっていたら、そのしゃしんも、またみつかって、
「おかねもないのに」と、なげきながら、
けっきょく、それも、あたらしくぺなんとにしました。
「まあ、どっちも、にたようなもんだし、
まえのやつは、おまえを、かわいがってくれていた、
だれかに、さしあげてもいいし」とか、いっていたけど、
できあがってきたのをみると、
「あらー、やだ、かおがまるでちがうねえ。
この、ひとりで、なにか、かんがえてる、
ちょっと、さびしそうなのも、おまえそのものなんだけど、
ぱっちり、めをひらいて、こっちのかおいろをみてる、
いじけた、しせんも、いかにもおまえなんだよな。
どっちも、おまえらしすぎるし、どっちも、だいすきすぎる。
とても、てばなせないけど、どこにかけたらいいんだろ。
もう、あいている、かべがないんだよ」と、
そうとう、もんもんとしています。
けっきょく、げんかんのどあの、うらおもてにかけて、
でかけるとき、いつも、りょうほうの、かおをみて、
「くくく」とわらって、ぼくのかおをつっついて、いきます。
「ひとがみたら、どっちもおなじに、みえるんだろうか。
でも、わかるひとには、わかるかもしれない。
この、さとりをひらいて、あきらめたような、
いきていく、かくごをきめたような、おとなっぽさと、
あいされたがって、かわいがられたくって、
だれよりも、いちばんになりたがって、
あきらめきれずに、こちらをみつめてる、
この、ふこうそうなかおと、
どっちもが、とことん、おまえなんだよな。
たぶん、いっしょにとったときのはずなのに、
いちびょうもたたずに、りょうほうのかおをしてみせる、
おまえのせいかくに、だつぼうするよ。
りょうほうが、すきでたまらない、わたしもばかよね」
と、まいあさ、ためいきをついています。
みなさんは、どっちのぼくが、ぼくらしいと、おもいますか。
かいぬしに、おしえてやって、ください。


したは、ぼくがとうじょうする、むかしのぶろぐです。
みじかいきじしかないものもあるけど、
とうじの、かいぬしのくらしも、みてやってください。
とくに、いちばん、さいごのは、ぼくが、しなもんさんと、
けんかして、おこられて、さいこうに、おちこんだときのはなしで、
いまよんでも、かなしいような、なつかしいような、
へんなきぶんになります。
しなもんさんは、このときのこと、まだおぼえているかなあ。