ぼくのいのちは、ふうぜんのともしび(カツジ猫)
みなさん、こんにちわ
ぼくが、いきていたときの、ふるい「ぶろぐ」のきじを、
かいぬしは、みなおしているのですが、
ちょうど、いま、みているところが、いまとおなじきせつらしくて、
「へえ、なんだか、りあるだなあ」とか、いってるうちに、
どんどん、しょうかいするきじが、おおくなってしまって、
「まずい、きっと、どくしゃに、あいそをつかされる。
しかし、せっかく、りんくしたのに、けすのも、おしいし」と、
なやんでいました。
けっきょく、ぜんぶ、こうかいすることにしたみたいなので、
あいそをつかさずに、みてやってください。
このきじのなかで、ぼくはすこしずつ、かいぬしをかまなくなって、
そして、いっしょにねてもらったり、
ひらめのさしみが、すきだって、わかってもらえたり、しています。
でも、このときはまだ、「ふく」がいちばんすきだってことは、
かいぬしはきづいてないんだよなー。
ぼくもしらないんだよなー。たべたことないもんねー。
そして、おなかのよこの、けのもようが、
だんだんはっきりしてきて、しろいまるが、みえてきたのとかも、
ちゃんと、かいてあります。
でも、よんでいて、いちばんびっくりしたのは、
ぼくの、といれのしっぱいがなおらなかったら、
かいぬしが、ぼくを、あんらくしさせようと、けっしんしていたってことです。
かいぬしも、よんでいて、「ぜんぜん、わすれていた」とかいってたけど、
ぼくは、これまでそんなこと、かんがえたこともなかったから、
すごく、しょっくでした。
「そんなこと、かんがえられたねこって、ほかにはいないよね」と、
せんぱいねこの、きゃらめるさんにうったえたら、あっさりと、
「うん、いないだろうな」といったので、
なんだか、かえって、すっきりしました。
「かいぬしのおかあさんが、いなかのいえで、ねこをふやして、
どうしようもなくなったとき、なんびきも、すてたらしいし、
そこのにわに、まよいこんできたねこを、よなかにすてにいったり、
いまのいえでも、きんじょのひとが、えさをやりまくって、
なんびきか、にわにはいりこんできたねこを、
ちかくに、すてにいったこともあるらしいし、
きりすてるときには、きりすてるひとだから、
まあ、ないことじゃないね」と、しょだいねこの、おゆきさんはいって、
「でも、あんたをすてるってことは、いちどもかんがえてないとおもうよ。
そして、あんらくしは、ほかのねこでも、かんがえられないことだから、
けっきょく、あんたは、ぜったい、だいじょうぶだったってことさ」
と、よくわからないことを、いいました。
ぼくが、よくわからないかおをしていると、おゆきさんは、
「ようするに、あんたは、とくべつなねこだったってことなのよ」といって、
ぼくのかおを、なめてくれました。
かんがえていたらつかれたから、もうそういうことにしておきます。
ていうか、もうどうでもいいもんね。ふん。
