民教連サークル通信より知らないで行く方が楽しめるかもですが

二十年以上も前、四国の瀬戸内海歴史民俗資料館に資料調査に行った。海沿いのホテルのように立派な建物で、その割に周囲にも内部にもひと気がないのが、晴天の空の下、どこか幻想的でさえあった。
JR高松駅の案内板で、近くに平家物語歴史館というのがあると知り、立ち寄ってみることにした。そこまでの海と森の中の道も、他の車はおらず静かだった。私の行く先を知るとタクシーの運転手は、無料券があるからと、数枚が濡れてくっついてはがれないのを無理やりはがして、渡してくれた。

着いてみると、その建物も堂々と立派で、ロビーには地元の名産や手芸品の売り場があるが、これまた人の気配がない。
だからと言って別にさびれている気配はまったくない。展示室の入口には、等身大のよろい姿の武士の蝋人形が、まじめな顔で立っていた。入って見たら、ここはつまり蝋人形館で、一階には地元出身の作家や政治家が思い思いの姿でたたずみ、その顔ぶれもそうそうたるものだった。
しかも、やっぱり誰ひとりいない。写真撮影も自由だった。二階に上がる階段は一の谷の逆落としの場面に使われていて、吹き抜けの天井近くから馬と武者の群れがなだれ落ちて来ている。私が入場したときからどこかでマイクが入ったらしく、うおおおーという逆落としの喚声まで響いてくる。
二階はすべて、平家物語のさまざまな場面が再現されていた。焼け落ちた奈良の大仏の頭部は、電気仕掛けで燃え残りがほのかに赤く光り、福原の館で清盛の前に現れる、庭先の大きなしゃれこうべも、いやにリアルに作られていて、内部からの色とりどりの光が変化するという手のこみ様だ。

細かいところも原作に忠実だし、惜しみなく金をかけているのがよくわかる。そのくせどこか手作り風の泥臭さがあり、笑うべきか感心すべきかとまどいながら最後のコーナーにさしかかった。これは、この館一番の呼び物らしく、村のはずれの粗末なお堂に、琵琶法師が座って琵琶を抱え、周囲には野良仕事帰りの男女が三々五々集まりつつあって、当時の情景がよく再現されている。そして、観客が手すりの前に立つと、コンピューターが作動して琵琶法師はゆっくり動いて琵琶を奏で「祇園精舎の鐘の声…」と冒頭の一節を語る。今ならそんなに珍しくないかもしれないが、当時としては最新の技術が駆使されていたはずだ。

(以下はある意味ネタばれなので、ご用心)せっかくだから、私は語り終わって動かなくなった琵琶法師からいったん離れてまた近づいて、もう一度聞いてやろうと思った。ところが、ここに来て初めて私以外の客がいるのに気がついた。若い男女のカップルが、少し横の手すりの前に肩を並べて立っていて、私と同様、琵琶法師を見ている。
二人が行ってからにしようと、それとなく待っていたが、いつまでも二人は動かない。何しろカップルだから、あまりしげしげと見るわけにも行かず、横目で様子をうかがう内に何か変だと気がついて、思いきってしっかり見たら、なな何と、その二人も蝋人形だったのである!

故郷の大分や今いる福岡の人心がわかるとは別に思っていないけれど、私はもうその時完全に、四国の人の感覚は理解不能だとかぶとを脱いだ。笑いかけの微妙な顔をしたまま、そのカップルも写真にとって引き上げた私は、それから何年も講座や授業で、写真を見せてはこの話をネタにしていた。ところが数年後、確かめに現地に行った学生が「先生、あの写真の女の人はオーバーオールを着てませんでしたか」と聞く。「そうだっけ」と言うと「僕が行ったときはスカートはいてましたよ」だって。
もうわけがわからない。きらいじゃないけど。
ネットで見る限り、歴史館も琵琶法師も健在のようだ。カップルはどうなのだろう。春休みはもう終わってしまうが、五月の連休あたりお出かけになって、二人のその後の消息を教えていただく方がおられると大変ありがたい。

(2018年2月)

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カツジ猫