昔のコラム驚いちゃいかんだろ
たしか国語の教科書にも載ってい た「しらかば」というロシアの童話 がある。幼いアリョーシャは一人で 遊んでいて、高いしらかばの木のて っぺんまで登ってしまい、猫と同じ で下りられない。そこへ帰ってきた お母さんは真っ青になるが、落ちつ いて明るい声で「大丈夫だから、そ の下の枝に足をかけて、次は横の枝 をつかんで」と指示する。なんとか 息子が無事に地上に下りた時、とび ついて彼を抱きしめた母親は声をあ げて泣く。
卒論の締切が近づくといつもこの 話を思い出す、と学生には内緒でよ く同僚と笑った。とても期限まで完 成しそうにもないはちゃめちゃな下 書きを持ってきて不安そうにしてい る学生に、こっちも頭まっ白になり ながら動揺させまいと「大丈夫よォ、 あとちょっと、ここを整理して、こ の資料を見つけて」と冷静な声で指 導してる時の心境って、あのお母さ ん以外の何ものでもないよね、と。
だが、最近の少年犯罪で「犯人が 中学生!」と大人がショックをあら わにし、マスコミが大騒ぎすると、 私はやはりこの話を思い出すのだ。
もう人を殺してしまった少年がい る。そうなりかねない状況の子ども たちがいる。それにこちらがあたふ たしたら、彼らはもっと立つ瀬があ るまい。度を失って梢から墜落させ てはならない。とりあえずは何でも ない顔してにっこり笑って、地上に 下りるのにつかむ枝を教えないと。 彼らがどんなに危険な木のてっぺん にしがみついているのを見ても。