昔のコラム間違ってもいい

新一年生に演習の心得を教えてい て、「何はさておき、まちがいがはっ きりわかる演習をしてくれ。『同国 山がたの』という文章は『同じ国の 中の山形の町の』というのが正しい 訳だが、これを『同国の山がたの』 と訳されると、わかってるのかわかっ てないのか判断できない。『同とい う国の山の方角の』と訳したら大ま ちがいだが、それがはっきりわかる だけ指導もできるし進歩も早い。× をつけにくい答えをしようとしてい ると、結局『どっちの意味だろう』 とつきつめて判断する力が(どんどん) 鈍って、ろくなことにはならない。 私なんかもう年寄りだから、ごまか して世間に害毒流してもあまり長い ことじゃないが、あんたたちは先が 長いのだから」と言ったところ、授 業の感想で大勢が「まちがってもい いんですね!?」と(本当に)うれしそ うに書いていて、妙に切なくなって しまった。
「若い連中が、そんなに『まちがっ てはいけない』と気をはりつめてる 世の中ってよくないなあ。作った私 らの責任だけど」と同僚に言うと(彼 女は)「でも今の学生は、きっと『山 形』も知らないよ」と言う。「まさ か」と笑うと「だって先日、二十歳 ぐらいで死んだ猫の話していたら(学 生の)一人が『大吟醸ですね』って言 うんだよ。『は?もしかして、大往 生って言いたい?』ってったら、あっ と絶句してた。そんな程度なんだか らさ、最近の若者は』と彼女は憮然 とした。
まあしかし、大往生した猫が大吟 醸のびんを抱いてあの世で一杯やっ ている図というのも、それはそれで 悪くもないような気もするが。

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カツジ猫