昔のコラムなぜあの時に騒がなかった?

ノーベル賞作家のソルジェニー ツィンは(たしか『収容所群島』 の中でだったと思うが)スターリ ン指導下のソヴィエト連邦で、反 体制作家として逮捕され、当局に 連行された時のことを収容所で回 想して「なぜ、あの時私は連れて 行かれる途中の駅でも広場ででも、 不当な逮捕だとわめいて暴れて抗 議して、周囲の人に訴えなかった のか」と書いている。何だかタイ ミングをはずし、何だかはしたな いような気がして、手錠もさるぐ つわもされてないのに、ついその まま連れて行かれてしまったと。
それとは深刻さがまるでちがう が、スピード違反でつかまった時、 私はそれを痛感した。納得いかず に文句を言おうとしていたら、お 巡りさんはとても愛想よくて丁寧 で「はい、ここに拇印を、ここに サインを、これだけの金額を郵便 局で払って下さい」と、とことん 手際よく快適に処理されて、「毎 度ありがとうございます」という 感じで放り出されてしまった。ソ ルジェニーツィンの抵抗できなか ったのはこれか、と妙に納得した。
何だか今回の自衛隊のイラク派 遣の話を見ていると、そのことを いやに思い出す。誰もはしたなく 騒がない。冷静で、事務的で、手 際いい。じたばた騒ぐのは野暮だ とばかり、すべてがてきぱき処理 されて行く。戦後五十年の歴史や 憲法にもかかわりかねない問題だ し、生身の人間を戦地に送り出す のなら、賛成反対どっちにしても、 もうちょっと騒ぐのが人間として の礼儀作法なのではあるまいか。

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カツジ猫