昔のコラム「電車男」と洒落本

話題の本「電車男」を読んだ。2 ちゃんねるという匿名巨大掲示板の 書き込みを本にしたもので、電車の 中で酔っ払いから助けた女性と恋を 成就させるまでの悩みををいちいち 相談する若者に、匿名の参加者たち が必死になって知恵を出し合い、支 援するのが、おかしくも楽しい。
2ちゃんねるは過激で乱暴な場所 と言われるが、時々のぞいてその乱 暴さとはちぐはぐの古色蒼然たる常 識ぶりにあきれていた私は、この人 情長屋風の展開をそんなに不思議と 思わなかった。むしろ、こういう個 人的なことを公開相談するのが肌に 合わない私が、全然抵抗を感じなかっ たことの方に驚いた。
それは、この電車男と呼ばれる青 年の人柄のせいもある。どこかで見 た性格だと首をひねっていたら、江 戸時代の遊里を描いた滑稽な読み物、 洒落本にいつも登場する「息子」と いうタイプにそっくりだった。おっ とりしていて、流行や遊びに詳しく なく、素直で悪びれない。吉原に詳 しいと自負してあれこれとマナーや 身につける小物を指導する「半可通」 の言うことを素直にそのまま聞いて、 結局は彼の方が遊女にもてる。
助けた女性がお礼に送ってきたカッ プのブランド名も知らず、「何でしょ う?」と書く彼に、「それは高級品 だ!」と色めきたち、「デイトに着 て行く服は」「食事に行く店は」と アドバイスする掲示板参加者たちは、 洒落本の「半可通」よりはずっと品 も感じもいい。それでも、そこに流 れるちょっとした切なさ(や、ひとつ まちがえば殺伐としそうでそうなら ない危うさ)までが、洒落本の世界と 妙に共通する。(人の心は変わるよう でその実ほとんど変わっていない。)

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カツジ猫