福岡教育大学物語18-サポートの方法

私はいつも前向きに考えすぎるのかもしれませんが、櫻井先生が新学長になられたと聞いて、ああ、これでちょっと状況がいい方に変わるかもしれないなと、かなり安心したのですよ。寺尾さんの息のかかった人だって、言われていたのは知っていたけど、それにしてもご自分が今度は絶大な権力を手にするわけだから、そこは否応なしにその内ご自分のやり方をはじめられるだろうと考えていた。

しかし、いつまでたっても特に新しい進展や変化は見えて来なくて、寺尾先生の傀儡というイメージが払拭されない。考えてみれば、組合や学内の人たちと、それなりに新しい関係を結ぼうとしても、副学長室が隣にあって寺尾先生がおられたのでは、そもそも物理的に話し合う機会さえ持ちにくいだろう。

誰でも考えることだろうが、サポートするならそれこそ陰のフィクサーとして相談役になっておけばいい。副学長になって隣室に待機など、私に言わせれば冗談がすぎる。寺尾先生はいったいどうして、そんなことをなさったのだろう。櫻井先生の敵からは、かっこうの標的になり、新学長の評価も下げることになるのは、充分予想されただろうに。

報酬がほしかった、地位に恋々としたなど、いくらでも悪口は言える。だが、そんな批判を受ける危険をおかしてまで、こんなことをされる理由がやっぱり私にはわからない。たかが地方大学の学長の肩書、たかが数千万の退職金のために、これだけ評判を落とし、ストレスを受けるなどと、どう考えてもわりに合う話ではない。
百歩譲って、そういう要素(金や地位への妄執)がお考えの中にあったとしても、それだけでは、とてもここまで冒険と執着はできないだろう。やはり、そこには、それなりの使命感や正義感や何かの思いがあったはずだ。

組合への憎悪か。たしかにこの間、組合は大学を相手取って裁判も起こしたし、ネットで退陣署名もしたし(まだ継続中)、評議会や教授会では体制批判を続けたし、フェイスブックやブログでネット上の批判を展開し、マスメディアにも訴えた。しつこくくり返すが、学長のしていることに法律違反は見つけにくい。その上、前にも書いたように大学の問題は外部にはわかりにくい。そして、安倍首相と同じに、批判し攻撃する事柄が多すぎると、もう聞く方の頭がついていけなくて、焦点が定まらず盛り上がりにくい。
そういうこともあって、これらの抗議行動は、不当労働行為が認められた以外は、皆、明確な勝利は収めていない。しかし、学長や執行部に不快感を持たせ、傷つけ、怒りをつのらせた点で大いに効果があったことは、自分が上に立つ立場だったときの体験からも私には予想できる。さまざまな会議での敵意や無視をくり返すやりとりで積もり積もっていく単純な不快さは、双方にとって、ただならぬ敵意と反感を蓄積する。

組合のこういった抗議行動の数々が、いたずらに相手を刺激し、状況を悪化させたと批判する人もいるだろうが、私はそうは思わない。それは沖縄と政府、政権与党と野党がどっちもどっちと言うのと同じで、強者と弱者のするべき仕事を理解していない。
弱者の権利を守るために抵抗する者は、強者や敵をいらだたせ不快にしてなんぼのものである。そうしなければ強者に言うことは決して聞かせられない。
やり過ぎや行き過ぎが仮にあったとしても、その検証は容易ではない。組合を批判し、効果がなかった、状況を悪化させたと言うのは簡単だが、もっと穏やかにやる、うまい方法があったはずなどと言うのは、やってみてからの話で、そうした時の効果や結果もわからない。

そして強者は、弱者の抵抗や反抗に、いくら傷つき、怒りに燃えても、そこで冷静な判断を失うことは許されない(そこを常に根本的に大間違いして、「私もつらいんです」ととぼけたことをぬかすのが、今の首相だから、世の中全体おかしくなってるが)。
だからもし学長が反対派への憎悪にかられて、とにかくもうあいつらのいやがることをしてやるんだとの一念で3月31日に自分を副学長にする辞令をあたふた書いたとしたら、それはさすがにアホすぎるとしか言いようがない。私は寺尾先生が、そこまで狂っていたとはいくら何でも思えない。

憎悪じゃなくて、恐怖なら、それはあったかもしれないし、あってもいい。櫻井新学長が、自分の後継者と見られて攻撃され否定され、学内行政が混乱し麻痺しては大変だと危惧して、反対派へのプレッシャーとして、一番目に見えるかたちで、自分がそばにいることを意識してもらうことで、新学長を支える力になると判断されたら、それはまあ一理ある。

でも、言わせてもらえば、それはやっぱり、うまいやり方とは思えないのだ、私には。
正論すぎることを言うけど、ぶっちゃけ仮に櫻井先生がどう頼りなく見えたとしても、学長にした以上は、おまかせするのが一番いい。というか、それしか方法はない。それで混乱し崩壊しても、それはもうしかたがない。譲った人間が、手を出すべきことではないのだ。

写真は教育大にいたころの私。まだとっても若いです(笑)

 

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カツジ猫