福岡教育大学物語23-6月30日の集会

すみません、「国政選挙に向けて立憲野党候補統一と、共通政策合意を歓迎する集会」を6月30日に宗像の赤間コミセンで行って、その報告とごっちゃに教育大のことを書いてしまったので、そのままシリーズに加えます。

教育大の状況と国政の状況は似てるところも多いので、ということで、お許しを。

速報!って、日付も変わったし、あまり速くはないけどさ。
今日(昨日やね)の集会の報告です。ちょっとだけ。

私は閉会のあいさつをたのまれてたのですが、ズルしてやろうと思って、言いたいことをプリントして行きました。どうせお天気も悪いし、50人も来れば上々とひそかにたかをくくって、50枚しか刷って行かなかったら、何と80人は超えて、もしかしたら100人はいたのではという盛会で、まるっきりプリントは足りず、結局しっかりしゃべるはめに。

社民、国民、緑の党、共産、立憲の各代表が並んで座り、たがいのスピーチに拍手を送り、笑顔をかわしあっている情景は、胸が熱くなるものがありました。表面的なムードだけのものじゃありません。一人区はすべて統一候補が決まり、13項目にわたる政策協定がきちんと合意されているという、このすごさ。状況も歴史も政策もさまざまの、したたかで誇り高い各党が、自公政権を倒すという覚悟と決意で、これだけのものを生み出した誠意と情熱。生身の代表を目の前にすると、ひしひしとそれが伝わりました。

初々しい新人、百戦錬磨のベテラン、悩ましげに党の現状を語る人、陽気に崖っぷちの党の決意を語る人、それぞれが、良心的で、情熱的で、人間らしさに満ち、個性あふれて、生命と心の暖かさと、鋭い知性がひたひたと伝わり、安倍や麻生や菅などの、無気力で冷たい、人をなめきったことばや声や表情とは、あまりにちがった政治家の姿に、目も耳も洗われる思いでした。

用意していたDVDは不具合で上映中止、司会や議事進行は何だか危なっかしくてしどろもどろ、議員たちの握手などの盛り上げセレモニーも何もなしの、みごとに行き当たりばったりの(もちろん、長いことかけて、充分準備はしたのですが!)集会が、かえって自然でシロウトっぽく、しかもちゃんとどこかこなれていて、主催者の九条の会やオールむなかたの、これまで積み上げた活動の豊かさが、自然に結実していました。自画自賛ですみません。でも私、忙しくて、このごろほとんど活動に参加してないので、厳密には自画自賛じゃないです。本当に主催者の人たちは皆すばらしかった。

自公政権は安倍を中心に、これまで、ものすごいスピードで日本のいろんなものをぶっつぶして来ました。人々の絶望も無気力も、その中で急速に広がっています。でも、その一方で、何の報酬もない中、束縛もない中、自分たちの意志と良心で考え選択し決断し行動する人たちも、宗像市界隈だけでも、この間にこれだけ増えている。それに応じて、平和を愛し生命を守る政治家たちも、また以前よりずっと賢く柔軟に、力をつけて来ています。

闇がおおうのと、光が広がるのと、どっちが速いか。どっちが間に合うか。私たちひとりひとりの手に、その決定はゆだねられている。

ところで、教育大学からも何人かの先生が参加してくれていました。「いやーもう、ホームページじゃ、勝手なことを書いて」と謝ると、「いえいえ。でもあの、各講座の仕事のわりふりですけど、今はもう、それも大学が上から全部指名して決めるようになってますよ」と訂正されました。どへえー。正気の沙汰じゃないわ。「うちの講座と、あといくつかの講座が抵抗して、従来どおり自分たちで決めて届けたら、この人はいけない、この人はだめと、執行部の気に入らない人は拒否されました」って、もうもう、身内が決めたって難しい内部の仕事の分担を大学の最高責任者が決めて、うまく物事が運ぶと一瞬でも幻想でも、どうして思えるんですか。まったく、よっぽどヒマなのかなあ。総理大臣が、町内会やPTAの人事に口出ししてるようなものですよ。もっと、大所高所から見なくちゃわからない、できない仕事はいくらでもあるでしょうに。みみっちいというか、ムダに細かいというか。えらい人のすることがわからないんだったら、えらい人にはならないでほしい。

一人の組合の先生は「私も拒否されました。せっかく、やってあげようと思ってたんですけどねー」と涼しい顔で言っておられて、思わず笑うしかなかった。そう言えば先日、学長への質問状を受け取り拒否されたOBの偉い先生たちが、「大学の正門前で抗議のビラをまきましょう」と言っておられるので、「もう大学や学長は何をするかわかりませんから、名誉教授の資格剥奪とかやりかねないですよ、だからそこは慎重に」と申し上げたら皆さん異口同音に、「名誉教授の肩書なんて、これまで役に立ったことはない。剥奪されてもちっとも困らない」と意気軒昂で、何でもう皆こんなに元気がいいんだ。上に立つ者がしょうもないことをすると、権威がどんどん失墜し、差別弾圧される方もまるで恐いものがなくなるのだよなあ。でも、そこで、まだ権威に怯えて自主規制している人たちとの温度差ができてしまわないように、注意もしとかなくちゃいけないんだよなあ。と、誰に頼まれたわけでもないのに、私は一人で勝手に悩ましい。

Twitter Facebook
カツジ猫