福岡教育大学物語76-今さら聞けない、という人に

この連載があまりにも長くなりすぎて、初めて読んで、さっとわかるようにしてほしいという声もあるので、まとめてみます。
なお、あくまでも私の個人的な見解です。学長をはじめ、大学当局の方々はもちろん、組合の先生方にも、大いに不満のある見解だと思います。ひとつの参考として、読んで下さい。

まず、教育大の現状は決して望ましいものではありません。誰に責任があるかは諸説あるとして、学内の情報の共有と、合意形成がきわめて不十分です。
そのために、たとえば、宗像市と協力して進めつつある、特別支援学校の学内建設にも、いろいろな問題が発生しています。最新の情報では、工事にともなって硬式野球部と準硬式野球部が使用しているグラウンドがほぼ永久に使用できなくなることが、学生に一方的に通告されましたが、教員にはまだ説明もされていません。これでは教員は、学生を指導して納得させることもできません。

こうなったはじまりは、私の見解では十年ほど前の国立大学の法人化により、学長の権限が非常に大きくなったことです。
当時は政府はもちろんマスメディアも社会も、大学が迅速に意志決定を行なって社会のために役立つようになるために、それが必要と考えていました。
大学内でも、学内政治にさく時間が省かれて、研究や教育に使う時間が増えるのではないかという期待もまったくなかったわけではないですが、それ以上に、法律がそうなっても、その権限をフル活用する学長はいないだろう、そんなことをしたら学内政治がうまくいくわけはないから実際は教授会の意見を聞きつつ方針を決めるしかないだろうと、誰もが漠然と考えていました。

実際に、多くの大学はそうしたし、教育大もそうでした。寺尾学長の就任後、それがどうだったか私は覚えていません。ただ、任期四年後の改選の際、新人候補が123票、寺尾先生が88票で再任が拒否されたのは、やはり従来よりも学長の権限が強まったことに対する学内の不満もあったかと思います。

私の考えでは、ここで寺尾先生が投票結果に従っておられれば、学長の権限を強めようとする実験をしたけれど、それはうまく行かなかったという程度の総括で、寺尾先生ご自身にもそれほどの批判は起こらなかったのでしょう。

しかし、寺尾先生は、その投票結果を無視して、ご自分の指名による十名ほどの選考会議で、票数と反対に自分が再任することを決められました。
これ自体は法律違反ではないし、他にも同じことをした大学は一つか二つあったはずです。
ただ、このことは学内に、大きな衝撃を与え、批判と不信を生みました。

それに対する抗議をチラシ配布などで行った教員に対して、寺尾学長が選挙や講座の推薦で選ばれた役職者として認めずに拒否しつづけ、最後には規約を変えて、それらの役職を学長指名にしたことが、更に大きな批判と不信を呼びました。
このあたりから、学内の学長への批判は強まり、その中心となって抗議をくりかえした教職員組合と学長はじめ大学当局との対立は、修復不可能な段階に入ります。

70周年記念行事のパンフレットに寄せられた寺尾学長の文章では、「すさまじい攻撃があったが、それに負けずに改革を推進した」といったような意味の文言もあり、強い決意と確信でことにあたられていたことがわかります。

再任期間は二年なので、それから二年後、また新学長が選ばれます。このときにはもう、投票も行われず、学外からの対立候補のお一人と、寺尾先生の方針を引き継ぐ立場の櫻井先生の二名を選考会議が選考して、櫻井先生が学長になりました。
寺尾先生は、引き続き副学長として学内行政に携わられました。自らの方針を引き継ぐ櫻井学長を補佐して、これまでの方針を推進したいというお気持ちからだったと思いますが、これはかなり異例のことで、選考会議の中でも批判があり、学内ではもちろん強い不満が生まれました。

私は個人的には、これは櫻井学長にとっても、前学長の傀儡と見られてしまうことになり、独自の方向を出す余地もなく、とてもお気の毒な状況ではなかったかと感じます。
その結果か、お人柄か、よかれあしかれ積極的に行動された寺尾学長に比べ、櫻井学長はずっと慎重な姿勢を貫かれました。でもこれはまた、学長と教授会の関係が悪化する中、陰湿で閉鎖的な秘密主義という印象を強く与え、反感も多く生むことになりました。

寺尾学長の、批判した教員への対応などは、組合による訴えにより「不当労働行為」だと裁定されましたが、大学側はこれを不服として裁判に訴え、最高裁まで争って結局認められずに敗訴し、「不当労働行為」という法律違反を犯したことが確定しました。
これに、直接の影響はないということですが、最高裁で敗訴してからほどなく、寺尾副学長は退職されました。
しかし、櫻井学長の慎重な姿勢は基本的にはその後も変わらず、教授会や組合との意見交換が積極的かつ建設的になることは、その後もありませんでした。

この間に、多くの組織の改変や規則の改定が行われました。学長の側から言えば、それは激しい批判や攻撃によって、混乱が起こることを避けるための防衛手段という面が大きかったように思います。ただ、その結果、教授会の力が弱くなり、批判的な意見や質問に対して学長が対応する機会は大変少なくなりました。建設的な提言や、末端からの有益な情報提供さえも、充分に届く機会がなくなりました。

その結果、組織の改変や新設をはじめとした、さまざまな諸策は、全学の意志を反映したものとならず、時には明らかな学生への不利益も招くものとなりました。本来なら学長を支えて学内政治に大きな役割を果たす、中堅からベテランの教員の多くが、学長の措置に大きな不信を抱いた結果、批判的な姿勢をとらざるを得ず、協力に消極的だったからです。学長もまた、それらの人材を積極的に活用することは、反対勢力を強くすることにつながると判断して躊躇せざるを得ず、むしろそういった人材を排除する傾向にあったように見えます。

教授会での学長への批判や反対は、度を過ぎれば混乱と停滞を招きますが、一方でさまざまな方針や政策の欠点を明らかにし、修正してよりよいものにして行きます。その検証をかけられないままに作られて施行される方針が、瑕疵や欠陥の多いものになるのは避けられません。

特にこの間、意図的ではなく偶然にそうなったのだろうと私は思っていますが、採用・昇任人事、給与の配分、懲戒・処罰の決定、の教員にとって最大と言っていい案件が、すべて学長もしくはその指名による委員で決定され、審議の過程も評価の結果も明らかにされない密室状態の秘密裡で決定されるようになったことは、大変問題があります。
一方で学長にはセクハラやパワハラに関して訴えられたときの審議や対応の規定が存在せず、事実上の聖域、治外法権になっていることと相まって、これは独裁、恐怖政治の図式を作っていると言っても過言ではありません。

くりかえしますが、これはあわただしく重なる組織改革、規則の変更の中で、批判や反対から学長を守ろうとする意識が働いた結果、偶然かつ自然にそうなったもので、意図して作られたものではなく、他意があったのでもないでしょう。しかし、それが生む結果は、意図された場合と同様に、教員を萎縮させ、疑心暗鬼を生み、自由で健康な競争意識さえ奪います。末端や現場での人間関係は悪化し、円滑で効果的な運営は難しくなります。たとえ、実際にはどのように良心的で清廉潔白な手続きをしていたとしても、それを検証することができなかったら、生み出す弊害は同じです。

そして、当然ながら、学長と教職員組合の対立の中で感情的な応酬や対応も増えました。それがくり返される中で、さまざまな人間関係は緊張をしいられ、時には些細なことが不必要な対立に発展しています。虚心坦懐で柔軟な議論を重ねて諸政策や方針を築き上げて行くという土壌が失われつつあります。

たとえば特別支援学校の設立にしても、多くの教員が不満や批判や疑問を述べる機会のないまま、計画が進められると、何か問題が発生した場合に、討論も納得もしないまま実施されたことに対して、責任を持った対応を期待することはできません。
教授会をはじめとした、さまざまな場での活発な議論は、計画を中断、崩壊させる危険もありますが、それ以上に計画を全員に理解させ、納得させ、責任を取らせる効果があります。これがなければ、大学としての運営は不可能と言ってもよいでしょう。

おそらく、学長やそれを支える人々、教授会や教職員組合、の双方に、互いに対する強い警戒感と危機感があるし、それは無理からぬことでもあります。しかし、この状況から生まれる未来は決して望ましいものではないこともまた、どちらの人たちも一致しているはずです。

唐突ながら、私の母の教えは、「何かあったら、絶対に強い方が折れるべきで、そうしなければ決してうまく行かない」ということでした。これまでの生き方の中で私もそれを守ってきて、概ね成功して来ました。(まあ、今日び、どっちが強い方かと判断するのは、いろいろ微妙で難しいということはありますが。)

その体験からしか私には提案できることはないので、それで言うなら、やはり学長の側が譲るべきだろうと思います。大きなことは難しくても、割とどうでもいいような小さいことは、特にそうだと思います。
とりわけ、人事・給与・懲戒処分の三点については、早急に可能な限りの透明化を行うことが必要です

また、これは学長の側に限りませんが、あらゆる場所で情報を提供しあい、公私ともに信頼関係を構築することが今はとりわけ重要です。
意見のちがい、立場のちがいは認めあって、乗り越えて、その上での忌憚ない議論を行う場を、あちこちで保障しなければなりません。
裏切りや、誤解もあるでしょうが、それを恐れている暇はありません。

このような時には、さまざまな人の性格や本質が見えて来るものです。私がこんな時によく思い出すのは、儒教でいうところの、人間として最も優れている、中庸をわきまえた聖人、それに次ぐものとしての狂と狷(けん)、箸にも棒にもかからない最低の存在である郷愿(きょうげん)という分類なのですが、その説明はいずれするとして、まあそういったことが見えるのも楽しむしかないでしょう。

そして、誰もが不必要に相手を刺激するような攻撃的刺激的な表現はひかえて、紳士淑女的(古いな)態度に徹すること。悪口雑言は仲間内か家族への愚痴か、飼い猫や庭の雀への独白か、日記の中にとどめること。もし使用する場合は、相手を挑発して不用意な発言を招き失脚させるなど、きちんと効果を計算して武器として正確に用いること。それは高等戦術で危険ですから、下手に使わない方がいいことはもちろんです。

だんだん何の話かわからなくなってきたし、結局長くもなって来たので、このへんでやめます。これで要点がつかめたら、これまでの連載を見て、いろいろご確認下さい。私の方の、情報不足、判断ミスによるまちがいなどあったら、どうぞ「お手紙」欄などでご指摘下さい。

新学長の選考は、近日中に終わります。どなたが学長になられるにしても、私がここで書いた現在の状況と、それを続けて行った場合の予見を充分に考えていただきたいし、今の状態を続けて行くことは、学長になられる方は、絶対に避けていただきたいです。
前にも二人の候補者を比較して、私は変えていただけるのは江頭候補の方だと思っていますが、どちらの方が学長になったとしても、この要望は同じです。

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カツジ猫