小説「散文家たち」第24章 蘭の花

気難しそうな白いひげの紳士が、分厚いノ-トを抱えて出て行った。ついで、そばかすだらけの元気のよさそうな若い女も、大きなショルダ-バッグをゆすりあげながら、ドアを開けて早足で姿を消した。市立図書館の四階の、マイクロリ-ダ-が十台ほど並んだ、明るい黄色の壁のへやには、三人の少女───緑川優子、斎藤眉美、それに浅見司がいるだけになった。
「ふうっ!」眉美が吐息をついて、椅子にのけぞる。「目が痛くなった」
「無理しないで、休み休みやって」優子が画面に目を注ぎながら、注意する。
「二人か三人で見てるのとちがってさ、こうやって、一人ずつで見てると、何か重要な記事を見落としてやしないかって緊張するから、ストレスがたまりますよね」眉美は、肩をぐるぐる回した。「ん、でも、この記事、ちょっと面白いな」
「なあに?」優子が顔をこちらに向ける。
「原水爆禁止の世界大会に参加する平和大行進が、麗泉高校の正門前で休憩して、集会やって、生徒会長が挨拶をしたって。そんな時代もあったんだなあ。今は平和大行進なんて、たしか、この町、通りませんよね。通ったって、こんな集会、やるかなあ?うちの高校で」
「どうなんでしょう。さっきは、共学にしろという署名運動がおこって、学内で生徒大会があったって記事も見たわ。本当に、すごい時代だったのね」
「うちの叔母、たしか、このころいたんですよ、麗泉に。あの人もそんなこと、してたのかな、ちょっと想像できないけど」眉美は、司の方を見た。「司んとこのお母さんは?やっぱり、このころ、いたんじゃないの?うちの卒業生なんだよね?」
「───そうなんだけど」司は、マイクロリ-ダ-のハンドルをくるくる回して、新聞記事に目を通しながら、半分、上の空の返事をした。「うちのママ、そういうことに関心なかったと思うよ、多分。寮の食堂の定食のおかずに、やたらとクジラの肉が多くて、卒業するまでに一人の生徒がクジラを一頭食べることになるかどうか、皆で一生懸命計算したとか、そんな話しかしないもん」
「クジラ?」
「その頃、クジラって安かったらしいの。ママがその話したら、パパも、そう言えばあの頃、町の食堂でも一番安くておいしかったのは、鯨テキ定食ってやつだったなんて言ってたもん。細かく刻んだキャベツの山盛りの上に、切れ目を入れたクジラの焼いたのがじゅうじゅう言ってのっかってて、そりゃおいしかったんだって」
「ふ-ん、今だと考えられないよね。司のママとパパ、ひょっとして、クジラをいっしょに食べたのが、なれそめだったとか言うんじゃないよね?」
「まさかあ」司はハンドルを回しながら、笑った。「パパとママ、知り合ってまもない頃に二人で映画を見た帰り、酔っぱらい何人かにからまれたらしいんだ。パパはママの前だもんだから張り切って大乱闘して、相手を皆のしちゃったんだけど、自分も殴られて、ひっくりかえっちゃったんだよ。ママがタクシ-呼んでアパ-トに送って、それから仲良くなったんだって、あたし小さい時から、いやになるぐらい何度もパパとママから聞かされてるの」
「司って、一人っ子?」
「うん。わかる?」
「何か、そんな感じするよね」
「眉美は?」
「実は、あたしもなんだ」
「なあんだ。でも、あたし、いとこは結構多いんだよ」司は笑った。「もう、キャピュレット家かモンタギュ-家かってなもんよ。お正月とか、もう大変。あたしが今度の夏休みにほとんど帰らないもんで、皆ギャ-ギャ-怒ってるみたい」
「あたしは、いとこもいないもんなあ」
「あの、いつもいろんなもの送ってくれる叔母さんは?子どもいないの?」
「いないんだよね。だから、あたしのこと、半分子どもがわりにしてるんだって、うちの母さんは言ってるけど」
太った雀が一羽、落っこちるような勢いでガラス窓の向こうに舞い降り、首をかしげてこちらをのぞきこんだ。今日も外は暑そうだ。入道雲がもくもくと、通りの向こうのしゃれた赤レンガのビルの上の青い空にわきあがっている。
「お昼ごはん、どうしようか」眉美が言った。「もう、ここの食堂で食べちゃう?スパゲッティが、おいしいよ」

大西和子が、プリンタ-のキイを押すと、がたんがたんとものすごい音をたてて、旧式な大きな機械が、気が遠くなるようなのろさで、ゆっくりゆっくり紙を吐き出し始めた。 「信じられないすね」和子が口の中で言った。「こんな古い機械がまだ現役で、動いてるってのが」
「ぜいたく言わないでよ、もう」後ろに立った新名朱実が、和子の肩をたたいた。「これが使えないばっかりに、セイとあたし、皆、手で写してたのよ」
「ええ、そりゃま、そこんところはありがたいけど」
そうそう簡単に感謝の言葉は言えないね、という表情で和子はちらっと、窓辺に立ってカ-テンに半ば身体をかくすようにして窓の外を見下ろしている、沢本玲子の方を見る。 朱実もつられたようにそちらを見る。その視線を感じたのか、窓の外を見たまま、玲子が落ち着いた声で聞いた。
「村上セイさんは、今日は病院?」
「ええ、定期の健康診断の日とかで」朱実が答えた。「でも、せっかくあなたがいてくれて、このへや、堂々と使える時間を無駄にしたくはなかったの。セイとは比較にならないけど、あたしたちもちょっとはパソコン使えるし」
「何とかなりそう?」玲子は、あいかわらず感情を見せない声でたずねる。
「ええ」
「よかった」玲子は、ひとり言のように短く言った。
「───本当に、小石川さんに黙っていていいの?」朱実は、パソコンの画面と窓辺の玲子をかわるがわるに見ながら聞いた。「このこともだけど───この前の、あの夜のことも?」
「必要ないわ」玲子は首をふった。
「そう?」
「くどいわね」ちらっと玲子の、能面のような白い顔が笑った。「言えば、彼女を刺激して、また演劇部と敵対させるだけよ。いいことないわ」
「敵対させたくない?」
「いいことないものね」玲子はくりかえした。「ナンシ-は、演劇部の横暴を見るに見かねて、皆の意見を代表して生徒会長になっただけなのよ。ことあるごとに悪役にされたのじゃたまったものじゃないわ」
「まあ、そりゃそうかも」朱実は言った。
「そうですかね」和子がつぶやく。
「特に、この前の夜のことでは」玲子はカ-テンをかすかに指で動かした。「十和田さんだって水に流したんだものね。私よりよっぽどひどい目にあったのに。もっとも、あの人、もともと、さつきとは仲がいいんだし、例の女神の像がこわれたので大喜びしているんでしょうけどね」
「だけど、その女神像のこと、そのあとどうなったか聞いてます?」和子が、朱実にとも玲子にともつかない口調で問いかけた。「美術部の下級生たち、あの像が倒れたから、きっと何か起こるってって、めちゃめちゃびびってるらしいですよ。そういう災いなんてのは、強気な人は避けるから、こわした美尾さんとか、それを喜んでる十和田さんとかじゃなくて、結局、弱い一般ピ-プルに呪いがふりかかるだろうって言って、今、美術部はちょっとパニック状態っていうか、不穏な雰囲気だっていうけれど」
「そう。でも十和田さんなら何とかするわよ」玲子は、こともなげに言った。

「今、ここの食堂に来る廊下のとこでさ」眉美がキノコとトマトのたっぷり入ったスパゲッティをフォ-クにまきつけながら、他の二人の顔を見た。「変なおばさんがいるの、見た?」
「大きな赤いバッグ持った人?」司が言う。
「ううん、あの人はれっきとした───っていうのも変だけど、ホ-ムレスの人だと思う」眉美は言った。「そんな人、図書館にはけっこう多いんだって。エアコンとかも効いてるし、自動販売機もあるし、ソファ-には横になれるし、ビデオとかだってただで見られるし、すごく便利なんじゃない?図書館の方でも、そういう人を追い出すわけにも行かないでしょう?そうじゃない人と区別しにくいしさ」
「そうよね」司が、チキンとレタスをはさんだサンドウィッチにかみつきながら、もぐもぐ口の中で言った。「あたしの中学の理科の先生なんて、あたしたちを引率して博物館に行った時、ホ-ムレスとまちがわれたもの」
「白い帽子かぶってた人?」優子が聞く。
「じゃなくて、緑色のドレスみたいなの着て黄色いレ-スの肩掛けして───」
「あ、あの小さいおばあさん?とても優しい目であたしを見て、何か言いたそうだったけど、黙って笑っただけだったわ」
「その人その人。よく、ここにいるんですよ。前に那須野さんたちと来た時もいた。麗泉の制服着た子とか、それらしい子を見ると、近づいてきて何か言いたそうにするんだけど結局やめて、いつも黙って遠くから見てるんですよね。品のいいおばあさんだし、別に気味悪くはないんだけど、何か気になって───ほら、あそこにいる」
三人がそっと目をやると、食堂のガラス戸の向こうのソファ-に、細い白髪をぼさぼさに乱した小柄な老女が座っていて、妙に人なつかしいまなざしで、じっとこちらを見守っていた。
「ほんとだ」司がつぶやく。「ちょっと恐い───かな?」
「でも、何か、私たちのこと、何かから守ってくれようとしてるみたいにも見えるじゃない?」優子もミ-トスパゲッティをつついていた手をとめて、小声でささやく。「ああやって遠くから、それとなく」
「そうかな。何から守ってくれてるんだろ?辛島圭子?」眉美は首をすくめた。「あれから会った、司?あの人に?」
「ううん、よく考えたら、辛島さんて、学校でも寮でも、ほとんど会うことってないよね。いつも、あの地下室でトカゲといっしょにいるのかなあ───眉美は?会った?」
「一回だけ、寮の食堂で。あの、すんごい紫の髪が目の前横切ってったから、あれっと思って顔あげたら、振り向いてぎろっとにらまれた。でも、それだけだったけど」
「まだ、あんな写真、作ってるのかなあ」司はコップの水を飲みながら吐息をついた。「でも、ネガとか全部、あの時とりあげたし、日村さんがパソコン一台こわしちゃったから、そうそうはもう、作れないって思うんだけど」
「取ってきた写真やなんか、美尾さんたちはどうしてるの?」優子が、ちょっと恐そうに聞く。
「うん、毎日、三人で集まっていろいろ整理してるみたいですよ」司が答える。
「峯さんや、日村さんも?」
「最初はいっしょにやってたみたいだけど、このごろは、日村さんは『若草物語』、峯さんは『アンの娘リラ』の演出が忙しいから、三年生の三人だけでやってるみたいです」司は言った。「一回、あたしやみどりやしのぶや朝子も呼ばれて、いろいろ聞かれたんですけど、あんまり───っていうか、ほとんど役にたたなかったみたいで」
「聞かれたって、何を?」眉美がスパゲッティをのみこんで、たずねる。
「ただ、取ってきた写真とか見せてくれて、どう思うかって聞かれただけ。何となく、あたしたちには、やっぱり一応、見せとかないと悪いとか思ったんじゃない、美尾さんたち?」
「だけど、そんなの、どう思うかって聞かれたってさあ───」
「うん、わかんないよねえ」司はうなずいた。「まだ、あたしは友だちと面白半分、変な本とかビデオとか見たことあるし、しのぶも多分、少しは知ってたと思うけど、朝子とみどりはもうまるっきり、『何ですか、これ!?』っていう感じで。『似たようなものぐらい、見たことあるでしょう?お父さんが買ってくる新聞とか、お兄さんのへやにある雑誌とかで』って南条さんが聞いてくれたんだけど、そうしたら、みどりが何か申し訳なさそうに『うちは父はいませんから』って言うし、朝子は朝子で『うちの兄、少女マンガのファンです』って言うし」
優子が笑った。「あの二人らしい!」
「それで、峯さんや美尾さんが、だんだんイライラしてきちゃって」司は、ちょっと声を低くする。「『あんたたち、四人そろって、男の手もにぎったことないみたいな、無邪気な顔して何言ってるの』みたいなこと言うから、あたしもつい───そんなの関係ないですよ、こんな写真見たことなくたって、男の子とキスしたり寝たりするのには、ちっとも困らないですよって言っちゃって、美尾さんから思いきり頭はたかれちゃった」
「だけども、それはそのとおりだよねえ」眉美がうなずく。
下級生たちのあけすけな会話に気押されたように、優子はすきとおるように白い頬を、かすかに黙って赤くした。
「そんとき、日村さんもいたの?」眉美が聞く。
「いた。あの人ったらもう」司は、ちょっと口をとがらせた。「あのね───あの中に男の人の身体じゃないかって写真が、かなりいっぱいあったでしょう?」
「そんなの覚えてないよ。ささっとしか見なかったから」眉美が言った。「だいたい、でも、顔は皆、男役してる時の朝倉さんとか美尾さんとかばっかりだから、身体の方も、ちょっと見たら男みたいに見えるよう、撮ってあったのが多かったろ?」
「だけど、よく見ると、どうしても男の人にしか見えない、胸とか全然ない身体のがあるんだよ」司は、いっそう声を小さくして言った。「それで美尾さんが不思議がってるんだけど。どうして、こんなにたくさんの男性の身体を調達できるんだろう、うちの学校で男性の身体と言ったら理科教室の人体模型ぐらいしかないじゃないかって言って。でも、そうしたら日村さんが、浅見さんや田所さんの上半身は、これとあんまり変わりませんわよなんて言うんだよ!そのあとで───まあ、わたくしだって同じようなものですけど、って一応フォロ-はしてくれたけど」
「え~、でも、そんなにはっきり、男の人としか見えないような身体のって、たくさんあったかなあ?」眉美が思い出そうとするかのように、頭をかかえた。「それだし、もしも、ほんとにそうだとすれば、辛島さんは男の人もどっかから、さらってきてたってことになるよ?」
「何か、それって、すごすぎるよね」司はサンドウィッチについていたポテトチップをぼんやりかじりながら言った。「あまりにも」
「うん」眉美も、自分で口にしたことに圧倒されたように、妙に毒気をぬかれたような白けた顔でうなずいた。「ちょっと、それは、すごすぎる」

「夏はやっぱり、かき氷だね」満足そうに占い師の女は言った。「ソフトクリ-ムなんて、べたべたするし甘ったるいばっかりで、かえってのどが乾いちゃう」
「そうですね」朝子はぼんやり、あいづちをうつ。
二人は、運河の岸の石垣に座っている。ちょうど橋の下なので日陰になっていて、風が涼しいが、それでも正午近い陽射しは川面や石垣に照りつけて、じりじりと暑い。
占い師の女は、見台やその他の道具一式を折り畳んで紐で縛ったものを、そばの石垣にたてかけている。運河の岸辺には、風船売りやかき氷売りの出店がたくさん出ていて、子ども連れの夫婦などが、うれしそうに群がっていた。二人はそこで買ってきたかき氷を食べているのである。
「お店───占いのお店は、まだ開けなくていいんですか?」朝子は気にした。
「涼しい時は昼から台を出すときもあるんだけどあんた、何と言っても、こう暑くちゃあ」女はかき氷のプラスティックのさじを運河の方に向かって振り、足元においた黒い小さいラジオのボリュ-ムを上げた。
「北西の風、風力5、午後からはさらに暑さがきびしくなるでしょう───」
「ほらね」女は言った。「これだもの」
「ええ───」
「やってられるものかね。今日は、台を出すのは夜にしよう」女は、朝子の顔を見た。「それまで、ひまってったらひまだけど、映画見たってお金はいるし。あんたたちの学校じゃ、今、何か劇やってないの?お金とか、とるんだっけ?」
「はい、一応、入場料は───カンパってかたちで、いただいてるんです───」
「何だ、そうか。ふうん、しっかりしてるんだ」女は首を振ってまた、かき氷をすくいあげた。
「どっちみち、今はちょっとやってないんです。あさってが初日で『若草物語』っていうのが始まって──八月十五日以後は一日おきにですけど、終戦記念日特集ってことで、『アンの娘リラ』っていうのを、大ホ-ルの方でやりますけど───」
「『若草物語』と『アン』ぐらい、あたしも知ってるよ」女は、つまらなさそうに言った。
「す、すみません───」朝子はどぎまぎする。
「このお皿とさじ、返してきてくれる?」女は、あおむいて底の水までしっかりすすって空にした、かき氷の皿とスプ-ンを朝子に差し出した。
「は、はい───」
「あんたのを食べちゃってからでいいから」
「はい───」
「それでさ、何か話があったの?」
女はどこからかひっぱりだしたタオルのハンカチで、口をぬぐいながら聞く。
「よっぽど、大切な用なんじゃないの?昼日中から、こう暑いのに、わざわざここで、あたしを待ってたぐらいないだから」
朝子は、かき氷の皿を抱え込んだまま、じっとしていた。しばらくしてから、小さい声でつぶやいた。
「何とか───皆を助けたいんです」

占い師の女はしばらく黙っていた。脂ぎった小さい丸い鼻の頭を指でこすり、不機嫌そうに見えるほどむっつりとした顔で、しばらく運河の水の面をにらんでいた。
恋人らしい二人連れが、向こう岸の石垣をかけおりて来て、水に手をつけて何か叫んで笑っている。
「また、あれから、何かあったの?」女は口を開いて、聞いた。「舞台の上のジュ-スがワインになってたり、廊下のシャッタ-がひとりでに下りたりしたって聞いたけど」
「そのあとも、小さいことはいろいろありました。でも───」朝子は、運河を見たまま言った。「女神の像が、倒れたんです。それが一番、気になるんです」
「ふうん?」
「美術部室にあった、頭のない、羽の生えた勝利の女神の像なんです。それにさわったり動かしたりしたら、恐ろしいことが起こるって、ずっと昔から言い伝えられてきていたんですけど、それを、うちの部の先輩の一人がこわしてしまって───それも、あたしたちのことを助けようとしていてです」
女はずんぐり太った身体を後ろについた両手で支え、のけぞって上を見上げた。暗い橋の下の灰色の壁と、重なり合う橋脚を。
「それだけ?」
「写真部では、いろいろと恐ろしいことがおこっているみたいです。あそこの人たち、皆どこか変です。そういうの全部、あるスケバンみたいな女の子のしわざだってことになってるんですけど、それだけなんでしょうか、本当に?あたしの友だちは、その写真部のへやの地下で、山羊に似た生き物をたしかに見たって言ってるんです」
「山羊だって?」
女は笑わず、顔をしかめた。
「友だちは、そう思い込んでいて───でも、その恐がりようも何か異常でした。もしも、それが本当の山羊じゃなかったら───写真部の人たちを動かしている何かが、そこに住みついているんだとしたら」
向かいの岸の恋人どうしは、人目もかまわず、ふざけあっている。ときどき足をすべらせて、今にも運河に落ちそうだ。
女もそちらに目をやっている。だが、何も見ていないようだ。重苦しい声で、彼女はつぶやいた。
「美術部に───写真部かい───広まってきたね───」
「あたしたちが突破口になるだろうって、おっしゃいましたよね?あの学校に、何かがくいこんでくる時の」
「なるかもしれないって、言ったんだよ」運河を見たまま、女は言った。
「これは、そういうことなんですか?もう、はじまっているんでしょうか?」
「ハムレット───」唐突に女がつぶやいた。
「はい?」
「『ハムレット』の劇を知ってるね?」
「知ってます。この春に上演する予定でした」朝子は小さく、つばを呑み込んだ。「事故がおこって、それが中止になりました。それがすべての始まりだったのかも───」
「あの劇を、上演するんだよ」女は、それでなくても細い目を半ば閉じて、眠っているような表情になっていた。「他の劇はすべてさしおいてもいい、一日も、一刻も早く、あの劇を上演しなければいけない。そうすれば、あなたたちは、何かをくいとめられるかもしれない。たとえ一部分でも───一時的にでも。後はまた、それから考えればいい。皆に、そう話してごらん」
ピンクのリボンがゆれるほど大きく、朝子は首を左右に振った。「それは、だめなんです。あたしもう、それができないんです」
「なぜ?」
「先輩たちに、とめられました。こういうこと話すのを、いっさい」
女は険しい表情をした。怒りというよりそれはどこか、いらだたしい哀しみに満ちた表情に見えた。「何も知らない、わからない人たちというのは、ほんとにまあ───」そしてまた、黙り込んだ。
よちよち歩きの子どもが一人、危なっかしい足どりで二人の近くを歩いている。向かいの岸の恋人たちは、どこに行ったかもういない。かわりに小学生ぐらいの女の子が数人、何かしゃべりながら水の中をのぞいている。
「誰か、あんたの言うことをわかってくれそうな人はいないの?」女はやがて、少し気を取り直したようにたずねた。
「同じ学年の人たちなら、わかってくれるかもしれません」朝子は考え考え、言った。「でも、上級生の先輩たちは、あたしなんかよりずっと皆、頭がよくて───」
「つまり、頭が固いんだね」女はバカにしたように笑う。
「そ、そういう風に言うんなら、はい───」朝子はこわごわ、うなずいた。「あたしが一番好きで頼りにしてて、あたしのことかわいがってくれてる先輩は一人いるんですけど、でも、その人が、こういう話って、一番───か、二番目ぐらいに、嫌いな人で」
「その人以外に誰かいないの?」女は聞いた。「誰か、話のわかりそうな人」
朝子は黙って、一生懸命、考え込んだ。
運河を泳いで上がってきた、にぎやかな白いアヒルの一団が、向かいの岸の小学生たちの投げるパンくずを、ぐぇっぐぇっと陽気な声をあげながら、争いあってつっついて、水の中をぐるぐる回っている。

「よし、うまくいったら、これ今日中に仕事は終わる」和子が小さくガッツポ-ズをして見せた。「お昼ごはんは食べないで、一気に片づけましょうや、新名さん!」
「お、たのもしい」
朱実が笑って、和子の後ろにかがみこんだ時、窓辺の玲子が突然、はっと激しく息を吸い込んだ。
「───そんな!」彼女はつぶやいた。「───まさか!」
朱実が振り向く。「どうしたの?」
玲子は窓からこちらへと、足をひきずってかけ戻りかけて、どうしていいのかわからなくなったように、一瞬立ち止まった。
「ナンシ-が───小石川さんが来る!」
「何ですって?」
朱実が棒立ちになり、和子は身体を半ばひねって、椅子の背にあずけたまま、呆然として玲子を見つめた。
「ちょっと気にはなってたのよね───」玲子は両手をもみしぼり、うろうろあたりを見回した。「このごろ、あの人、時々来るのよ、このへやに。何か調べてるらしくて。それで、今日もひょっとしたらと思ってたんだけど、来るなら寮の方からだから、窓から見えるからいいと思ってた。そうしたら、今、いきなり玄関の前に見えたの。門の方から来たんだと思うけど、でも───どうしよう!?」
「そんなの、こっちが聞きたいね」朱実は吐き捨てるように言って、メモ用紙やコピ-した用紙をパソコンの前からひっさらって、ポケットに押し込んだ。「このへやのどっかに隠れるしかないわ。今、出て行っても階段で鉢合わせするのがおちだもの。もし、小石川さんが、ここのへやに来ようとしているのなら」
「だけど、かくれるとこなんて───」和子が、必死でへやの中を見回す。
パソコン机は四本足だ。本棚の奥行は浅い。ロッカ-は一つだけで小さい。
「あそこ」朱実が、あごでしゃくった。
奥の壁際、窓のそばに、廊下のはしの階段か屋根が斜めにへやを横切ってくいこんできている場所がある。三角形のその下の部分が板でしきられて、掃除用具入れになっていて小さいドアがついている。朱実とほとんど同時に、同じ場所に気づいた玲子が、足をひきずりながら走って行って、そのドアを開けた。
「入れますかね?」かけよって、のぞきこんだ和子が半信半疑の声を出す。
「手足を折り畳んだって、何とかして入るしかないわ」朱実が、バケツやモップを押しやって何とか作った空間に、後ろ向きになって身体を押し込みながら言った。「小石川さんに、ここで見つかって、三人それぞれに責任追求されるよりはね。ほら、大西さん!あたしのここの、腕の下に足を入れて、頭をあたしの肩にのせてよ。そうしたら何とかなりそうだから」
「くうっ、もう、トイレに行きたいって思ってたところなのに!」ぼやきながら和子も何とか、朱実の上から折り重なるようにして、小部屋の中に入り込んだ。
「閉めるわよ、いい?」玲子が、あせった声で聞く。
「やって見て」朱実が和子の肩の下から言った。
ドアが閉まる。後はまっ暗で、洗剤とゴム手袋の匂いがかすかにただよった。息を殺して耳をすませる和子と朱実に、やがて入り口のドアの開く音がして、玲子と誰かが話をかわす声が聞こえてきた。誰の声かはわからないし、何を言っているのかも聞き取れない。 足音がした。それが次第に、こちらへ近づく。

「たくさん食べすぎて、何だか眠くなりそうね」緑川優子が笑った。「自動販売機でコ-ヒ-飲まない?」
「あ、いいな!」二人はすぐに賛成した。
食堂を出る時見たが、あの老女の姿はもうどこにもなく、三人もすぐにそのことは忘れてしまった。
「美尾さんたちさ、しのぶとみどりのこと聞いて、ショックみたいだったって?」緑の木々の枝がそよいでいる窓辺で、缶入りのアイスコ-ヒ-を飲みながら、眉美がちょっと心配そうに聞く。
「うん、四人で呼ばれたその時も、何となく、しのぶとみどりには話しにくそうにしてる感じが、ちょっとした」司が牛乳パックのストロ-をくわえたまま、うなずく。「そういうことに鈍いあたしが気づくんだから、本人たちだって気づいたんじゃない?特にみどりは、そのこと、ちょっと面白がってるみたいだった」
「本当に?」眉美は声をあげる。「みどりったら、余裕あるう!」
「そういうとこ、あの子、ちょっと意地悪じゃない?わざとみたいに『しのぶ、もらってもいい?』なんてって、しのぶの飲みかけのハ-ブティ-なんか飲んで見せたんだよ、朝倉さんたちの前で」
「ひゃあ、ちょっとそれ、完全にわざとじゃない?」眉美は目を丸くする。「ほんっとに度胸いいよね、あの子。度胸いいっていうか、やけになってるっていうか」
「それで、朝倉さんたちは、皆、どうしたの?」優子が、恐いもの見たさのような顔で聞いた。
「う~ん、あたし、南条さんがあわてたっていうか、うろたえてバタバタしたのって、初めて見た」司は言った。「『あ、あら、みどり、おかわりいるんならあげるのに』って急いでポットを取りに行くし。美尾さんは、もう完璧に見て見ないふり決め込んでるし。朝倉さんは一番落ちついていたけれど、何だかちょっと淋しそうにしてた───気のせいかもしれないけれど」
「淋しそう──って?」優子がふしぎそうに、司を見つめる。
「変な意味じゃないんですけど、朝倉さん、しのぶのこと、すごく好きっていうか、信頼してたみたいだから。従者役してる時でも、あそこの二人が一番しっくり行ってたし、何か、しのぶは自分に一番近いみたいな気がしてたんじゃないのかなあ、朝倉さんは」
「淋しそうな朝倉さん?何かイメ-ジわかないよォ」眉美が頭をかかえる。
「あたしも見なきゃイメ-ジわかない」司が言った。「何てんだろう、きれいな雪の山や、晴れた夜のお月さまが淋しそうに見えることってない?あんな感じ。悲しそうな顔してるんでもないし、元気がないんでもないし、いつもとおんなじに静かに座ってるだけなんだけど、それでもすっごく淋しそうなの」
「何となく、感じがつかめるようではあるけれど」優子がつぶやく。
「見たら絶対、わかるのに」司は、くやしがった。「だって、しのぶも、気にしてたんですよ。あの子も、やさしいから───美沙が持ってきたポットで、『朝倉さん、ついでいいですか?』なんて言って、朝倉さんのカップにお茶つぎたしてあげたりしてた。ふだん、そんなこと、しのぶ、あんまりしないでしょ?」
「でもさ、ほら、お茶っていうの、何かそんな風にいろいろ使えるのが、便利だけど恐いよね」眉美が、何かを思い出したように笑った。「演劇部の卒業した先輩でさ、『船幽霊』ってあだ名の人がいたって、聞いたことない?」
「船幽霊?」
「奈々さんか誰かに聞いたんだけど、その人のこと。他の皆が、演劇論とか戦わせて、場が盛り上がっているのに、自分がその話がわからなくって、それに入って行けないと、その先輩、『お茶、どうですか?』『お茶、いりませんか?』って、やったらもう、皆に話しかけちゃ、話の腰を折ったらしいの。緑川さん、知ってますよね?」
「そうね──」優子は、困ったようにあいまいにうなずいた。
「頭に来るから皆がさ、勝手につぐから放っといて、みたいなことをいくら言っても、その人、ポットと急須とお茶の葉を自分の前に確保して、絶対、手放さなかったらしいんだ」
「船幽霊って、どんなんだっけ?」司が聞く。
「白い着物着て、海から出てきて、ひしゃくで海の水をどんどん船につぎこんで、沈没させてしまうんじゃない?だもんだから、底の抜けた空のひしゃくを渡さなければいけないんだって。その先輩の、意地になってお茶をつぎつづける様子が、それに似ててさ、皆たいがいカリカリしたらしいよ」
「でも、それ恐いよ」司がひるんだ目になった。「船幽霊もだけど、その人にそんなあだ名つけちゃう先輩たちが。似たことを、何かあたしもしそうだし」
「司はカップを片づけるんだろ、かたっぱしから」
「気をつけて、しないようにはしてるんだけど」
そう言いながら、司は眉美が窓辺に置いた空き缶を、赤いごみ箱に落とし込んだ。

マイクロリ-ダ-の閲覧室は午後になって混みはじめていた。あいている機械が少なかったので、三人はいっしょに一台の機械に座って、記事のチェックをすることにした。
「これだと、何となく気が楽だなあ」眉美が喜ぶ。
「だめ、そんなこと言っちゃ」優子が笑ってたしなめる。「しっかり見ていて」
「フラミンゴ横町って通りが、駅前にできたってありますよ」司が言った。「そんな通り、今、どこにあるんでしょう?」
「センスのよくない名前だもん、なくなったんじゃないの?」眉美が笑いかけて、はっとハンドルを回す手を止めた。
「緑川さん───」声が、緊張する。
言われるまでもなく、優子と司も、画面にあらわれた文字───かれこれ三十年近く前の「島南タイムス」の地方版の記事に目を吸い寄せられていた。
三段抜きの大きな活字だ。
「麗泉高校で、女子高生が転落死」
しばらく黙って三人はそれを見つめていた。
読みにくい小さな文字が、つづいている。
「二日朝、十時五十分頃、市内麗泉学院高校の図書館下の海岸に、同校三年生の関喜志子さん(十七才)が倒れて死亡しているのを、同校の職員が発見、警察に通報した。調べによると関さんは、前日の夜遅くまで図書館で勉強していて、テラスから下の海岸に落下し、全身を強く打って死亡したものと思われる。────」

狭い掃除用具入れの中で、新名朱実と大西和子は、絶対ありえないような姿勢で、両手両足を壁につっぱり、たがいの手足を入れ違いにして、ぴくりとも動けずにいた。
さっき一度近づいてきた足音は、そのまま遠ざかった。その後は物音ひとつしない。ナンシ-と玲子は何をしているのか。もしかしたら、とっくにへやを出て行っているのかもしれなかったが、それを知る手段はなかった。ドアを細めに開けてのぞけばいいことなのではあるが、そうするためには複雑に交差しているたがいの手足をはずさねばならず、その際に周囲のモップやバケツにふれて音を出さずにいられるかどうか、二人とも自信がなかった。
長い、長い、時間がすぎたようでもあり、まだ五分もたっていないようでもある。
「新名さん───」和子の、ほとんど息づかいと区別ができないほどかすかな、ささやき声が届いてきた。
「なあに?」朱実も同じ程度の声でささやき返した。「あなた、トイレ、大丈夫?」
「大丈夫です───ねえ、まだ、いるんですかね、外───?」
「どうだろ───」
「いつまで───こうして───?」
「そうね、あたしも、この足、限界───」
その時、何が起こったのか、二人のどっちにもわからなかった。つっぱっていた朱実の足が落ちたのか、曲げていた和子の腕が動いたのか、モップのどれかがひとりでに倒れたのか。とにかく、何かがひとつ崩れると、後は連鎖反応だった。がらがらがらっと何かが床に重なって落ち、ひっくりかえったバケツががらんがらんと死人も目をさましそうな、けたたましい音をたてて床の上でぐるぐる回った。あわてて、それらを押さえようと動き回った二人の手足が、更に何かにぶつかって、すべてが倒れてぶつかりあい、それが狭い空間の中で、いやが上にも反響しあって、とうとう二人も度を失って悲鳴を上げた。
「ひゃあ、もうだめだ!」和子が思わず、そう叫んであえぐ。
どちらからともなく抱き合ったまま、しばらく二人はじっとしていた。その内、ドアがぱっと開いて、怒り狂ったナンシ-の顔がぬっと現れるのを覚悟して。もっとも、そのドアがどちら側にあるものやらさえ、すでに二人には見当がつかなくなっていた。さっき、闇とすさまじい音の中で、何とかしようとあせってぐるぐる動いた結果、どちらにドアがあったかもわからなくなってしまっていたのだ。
そして、どちらにあるにせよ、ドアはいつまでも開かなかった。再び戻った嘘のように深い静寂が、いつまでも、いつまでも続いた。
「───こりゃ、ひょっとして」和子がようやく、小声で言う。「二人とも、もういないんじゃ──」
「ん、沢本さん、ナンシ-連れて、へやを出てってくれたのかもしれない」朱実もささやく。
「だったら、早くこんなとこ出て───とっとと逃げ出しましょうや!」和子は、いきなり元気づいて、はねおきた。「メモ、持ってますよね、新名さん、そこに?」
「ばっちりよ、まかしといてよ。ドア、どっち?」
「それがわかれば───ええい、この!」
和子はいらだちながら、手さぐりでそのへんの壁全体をさがしまくって、ようやくドアのノブを見つけた。
「あった!開けますよ!」
きしみながら小さいドアが外側に開く。誰もいる気配はなく、深い吐息をつきながら、二人は身体をかがめて外へ飛び出した。
そして、呆然とした。

「な、何です?」和子がどもった。「こ、ここ───いったい、どこ──?」
朱実は和子を手で制した。
黄色い光───。
厚い重いカ-テンごしに、それでもさしこんで来る、金色のおぼろな光───。
激しい暑さがおしよせる。だが、どこからか冷たい風が吹き込んでいる。そのせいか、暑さは耐えられないほどではない。
本───本の山。
天井まで届く古い大きな木の本棚に、ぎっしりと本がつめこまれている。床の上にも。机の上にも。椅子の上にも。うずたかく積み上げられた本、本、本。ボ-ル箱に入れられて、あふれて、こぼれ落ちているものもある。あちこちに、クモが白く巣をかけて、ほこりが厚くつもっているため、すべては霞んで、灰色と金色がかって見えている。
朱実は顔を横に向け、書棚の本をちらと見た。
稲垣足穂「少年愛の美学」。
一歩進んで、また横を見る。
マゾッホ「毛皮のマリ-」。ナポコフ「ロリ-タ」。
上を見上げると、ずらりと並んだマルキ・ド・サドの全集があった。
「聖セバスチァンの殉教」の画集の豪華本。
極彩色の「千夜一夜物語」。
古いもの、新しいもの、色あせたもの、大きさも形も色も、すべてとりどりの本の中には、マンガの本も入り乱れて混じっていた。
樹村みのり「海辺のカイン」。
朱実は更に、先へ進む。後からついてきた和子がささやいた。
「ここは───新名さん───」
「図書館の閲覧室の、閉め切られたガラス戸と書棚の間よ」朱実は、ささやき返した。「書棚の後ろは、ガラス戸ではなく、壁になっていたんだわ。その壁とガラス戸の間に、かくし部屋が作られていた───廊下と小部屋が入り組んでいるから、誰にも気づかれなかったのね。多分、この下の階にも同じものがあるんだわ。あわせれば、かなりの広さになる───そして、ここに保存され、隠されていたのは───」
「三十年前、病的な、不健康なものと判断されて処分されたと言われている、図書館の旧蔵書───なんですね?」 朱実はうなずき、また上を見上げた。
竹宮恵子「風と木の詩」。
肩を寄せ合って、二人は立った。
「掃除用具が入っていた、あの小部屋には、二つのドアがあったのよ」朱実は言った。「一つは校史編纂室に、もう一つはここに通じるドアだった。さっきの騒ぎで混乱して、あたしたち、入ってきたのと違うドアを開けてしまった。そして、ここに来れた───」 「新名さん───!」和子が前を指さした。
雲にでもかくれていたのか、弱かった陽射しがこの時強くなって、海とテラスに面したガラス窓から、カ-テン越しに明るい光がなだれこんだ。厚い布地を通してでも、隠し部屋の中は明るくなり、その光に、へやの中央に近いテ-ブルの上で、何かがきらきらと色とりどりにまぶしく輝いた。ばら色、黄色、うす緑、うす紫のすきとおるような光が、天井に床に、周囲の本棚に反射して、ちらちらと踊る。
そして、朱実と和子は、その美しい光の源───本物そっくりの優美さで、豪奢な花と葉を四方に広げている、巨大で精緻なガラス細工の蘭の花が、テ-ブルの上に置かれて、静かに輝いているのを見たのである。

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カツジ猫