九条の会関係平和と民主主義を考える集い(5月31日)の私のあいさつ

〔平和と民主主義を考えるつどい・ごあいさつ 板坂耀子〕

むなかた九条の会は、今から10年前に、加藤周一さんをはじめとした9名の方々が創立した「九条の会」の呼びかけによって、宗像市で作られました。福岡教育大学の学長だった菰口治を世話人代表として九人の世話人が呼びかけの文書を作りました。私もその一人でした。
菰口先生を含めて、当時の世話人の半数近くが今は亡くなっています。社会党の弁護士、元海軍士官の方なども含めた、幅広い層の方が加わって下さっていました。
会員はすぐに数百名になりましたが、さまざまな催しはなかなか人が集まらず、20人足らずのこともよくありました。その中で新婦人の会や年金者組合、日本共産党の方々などが常に協力して下さいました。

菰口先生が亡くなった後、世話人が新たに選ばれ、私と西崎緑が二人で代表をつとめることになりました。また、事務局に長田、伴、伊規須を迎えて伊藤好信事務局長のもとで、事務局体制を確立しました。
このことによって、教育大学の若い学生やその他地域の諸団体とも交流が深まりました。教職員組合やJAなど諸団体にも協力を呼びかけ、宗像市や教育委員会が催しの後援をして下さるようになりました。
新婦人の会や年金者組合、日本共産党はずっと協力を続けて下さっていますが、それ以外の立場の方々も加わって下さるようになって、ささやかではありますが、参加して下さる方々の輪は広がっています。ことに教職員組合とは、8月の平和を守る催しを主として、協力を深めつつあります。古賀、福津など近隣の九条の会との共同で行う活動も行うことができるようになりました。

その結果、資料にもありますように、ユリックスでの映画会など1000人規模の催しも成功しました。また毎月9のつく日に赤間、東郷などのJRの駅でビラをまく活動もここ数年定着し、これが市民の方々とつながる大きな力になっています。
東北の震災後には、原発の問題もとりあげるようになり、玄海原発をとめようという裁判の原告団の方々とも、常に連絡をとって活動しています。

ただ、ここ数年、このような活動の中心をになってきた事務局のメンバーが高齢化して体調を崩すことが多くなりました。新しいメンバーを加えるなどの対策を行っていますが、今後の大きな課題です。ぜひ新しい皆さんの参加とご協力をお願いする次第です。

むなかた九条の会が活動にあたって心がけてきたのは、九条の会の精神である「九条を守るという一点で一致する人は誰でも参加できる」でした。さらに、守るということまで決められなくても関心のある人は参加して下さいとも呼びかけて来ました。月に一度の定例会では10名程度が参加しますが、さまざまな歴史認識などについては、しばしば議論も交わされます。どんな考えも言っていい、話し合える場にすることを私たちは心がけてきました。
活動方針では、会費をとってはどうかという案が何度か出ました。入会時に100円を払えば永久に会員で資料を送付してもらえます。数百人の会員との連絡や把握のためにも、会費をとった方がいいのではないかという意見と、それでは逆に負担が増えて活動がやりにくくなるという意見とがあって、今もまだ結論は出ていません。

むなかた九条の会の活動は、ささやかでしたが、ずっと参加してきた一人として実感しているのは、10年前には今すぐにでも変えられそうだった憲法九条を、とにかく今まで残してきたということで、それは本当に、歴史や世界を自分のこの手で支えてきたという、大変リアルな感覚です。「九条さえあればいいと思っている九条信者」というような批判をする人たちが時々いますが、九条を守るということは「あればいい」とか「信者」とかいう受け身の無責任さとはまったく結びつかないということを、私は肌身で知っています。

もう一つは最初のころの少ない人数の催しでも、フロアからの年輩の方々の発言が、それぞれ講演をしていただいてもいいような、豊かで多彩な経験にあふれていたことです。テレビや新聞にとりあげられることもなく、静かに生きて来られたような高齢者の方々の中に、日本の今を作ってきた激しく熱い日々があること、それが今の世界を支えていることを、強く感じ、学ぶことができました。
若い人にもっと参加してほしいという意見は多いし私もそう思いますが、かりに高齢の方々だけの参加であっても、その体験や考えが広く皆に伝わることで私は充分に意義があると思っています。

現在、国会では、日本のこれからや自衛隊の人たちの命がかかった問題が、非常にふまじめに討論されています。その原因はすべて、首相の、熱意とやる気のなさです。とにかく権力で押し切ろうとする熱意と、きちんと説明する気のなさ。
それに対して昨日、共産党の志位委員長が行った質問は「圧巻」「すさまじい調査能力」「法廷劇を見ているよう」「何も答えられない首相」「格がちがう」「首相の完敗」などとネットで評されたように、ヤジも飛ばず首相も神妙に対応せざるを得なかった、大変まともなものだったようです。「志位さんの素晴らしさに涙が出る。首相の答弁の情けなさにまた涙が出る」と書いている(多分、特に共産党支持ではない)人もいますが、特に「世に倦む日々」というサイトが、その少し前の党首討論について、このように書いていたのが印象的でした。報道関係が志位質問を無視したのに対し、ネットではたちまち話題になり、動画がくりかえし見られ、熱く語られたことを紹介したあとで、こう述べています。

「人々がビビッドに反応したのは、ポツダム宣言の認識を問いただされた安倍晋三が、そんなものは知らないと開き直った態度に呆れたこともあるけれど、不誠実な態度に終始する安倍晋三に対して、志位和夫が一貫して誠実な態度で正面から臨み、論点を逸らさず、はぐらかしと脱線を許さず、感情的にキレることなく、正しい論理で追及したことがあるだろう。

文字でおこされた表面上の言葉のやり取り以上に、現場はもっと深いものがあり、見る者を確かに感動させた。昨日(5/21)の朝日の社説は、「党首討論 - 不誠実な首相の答弁」というタイトルを掲げて批判している。今回に限らず、安倍晋三の国会答弁は常に不誠実だ。だが、その不誠実さを、朝日が社説で強調するほど強く浮かび上がらせる要因になったのは、その不誠実さとコントラストが際立った志位和夫の誠実さだったのではないか。

7分間という短い討論時間で立った志位和夫は、揚げ足取りをせず、言わば、どこまでも憲政に対するリスペクトを崩さず、国権の最高機関たる国会の権威と品位を守り、首班指名された代表の立場を軽んじない、真面目な言葉で安倍晋三に対峙した。それはまさに、近代日本が積み上げてきた議会政治と民主主義の伝統を守る姿であり、首相の地位を簒奪して暴走を続けている安倍晋三を、その本来のあり方に戻す議会人の努力そのものだった。逸脱と堕落の極みにある国会を、憲政の常道に引き戻そうとする営為だった。」

私は別に、共産党や志位委員長を持ち上げるのではありません。これらの質問は内容も態度も、当然の普通のものです。それがこれだけ人を感動させるほど、今の国会や世の中や首相の態度は、普通じゃない。ひどすぎる。
どうか、他の党、公明党も維新の会も、そして自民党も、意見のちがいはあっても、せめてこうした態度で、こういう質問をしてほしいと、心から願います。できるはずです。してほしいです。そして私たちもまた、自分たちの活動の中で、それをめざして行かなければならない。

九条を守るという一点で私たちはさまざまな人とともに活動して来ました。しかし私は今、もうそれ以前の「九条を守るかどうするかを、きちんと話し合う」ということで、団結できるすべての人と団結しなければならないと思っています。保守の人とも、右翼の人とも。

原発問題、基地問題をはじめとして、宗像では新体育館の建設、沖ノ島の世界遺産の問題に見られるような地方自治体のあり方、学長選の結果を無視したり、日の丸君が代を強制したりする大学のあり方、すべては、反対意見に耳を貸さず、ちゃんとした議論や討論を徹底的に恐れて避けて、仲間だけで集まって力でものごとを決めようとする、そういうやり方で、それが今、どんどん普通になりつつあります。

たしかに民主主義は効率が悪いし、意見のちがう人と話し合うのはストレスです。しかし、それをしなかったら、政府も首相も、自治体の長も職員も、市民運動も私たちも、あらゆる点で劣化します。九条や憲法がどうなろうと、十分な討論の果てにそうなるのなら、それは決してそう悪くない。問題は誠実で真剣な討論を避けなくてはならないような考えを、何とかごまかし強行しようとすることです。
当然それに対して、過激で暴力的な対抗も出てきがちなのですが、沖縄でも原発反対でも、大きな運動の中で、そのような動きはまだない。そのことも戦後の民主主義が育てた大きな成果だと思います。私たちが今何よりも守らなければならないのは、それです。

今回、このつどいでは、三つの分科会にわけて、これらの問題をいろいろなかたちで話し合おうと思っています。
その中で特に沖縄の問題をとりあげているのは、そのように、ちがう立場や意見の人が、それをきちんと話し合い、普通の民主主義を守れる世の中を作るためにつながった戦いの姿が、そこにあるからです。今の政府のやり方に対抗するためには、保守も右翼もふくめた、誠実に相手の立場を尊重して議論をしてものごとを決めて行こうとする、すべての人と手をつなぐ必要があるからです。沖縄にも、橋下さんの政治を拒否した大阪市にも、そのような活動を生み出すための鍵があり、芽がある。今後の私たちにもそれが何より必要だと、切実に私は考えています。
それはまた、学長選で対立した、思想的にもあいいれない同僚とも、飲み会の席で手をとりあって、「この大学のためにがんばりましょう」と、ちょっと酔っぱらいながらも夢中で誓いあっていた、むなかた九条の会の初代世話人代表の菰口治学長の精神をひきつぐことでもあると信じています。(2015.5.31.)

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