九条の会関係小林多喜二の小説を読んでみませんか?

小林多喜二と言えば、戦時中に治安維持法によって逮捕され、拘置所で苛酷な拷問を受けて死亡した、プロレタリア作家として知られています。1933年2月20日に築地警察署に逮捕され、29歳で亡くなりました。
「むなかた九条の会」では、「オール宗像市民連合」とともに、7月23日に、多喜二の母セキを描いた映画「母」の上映会を、宗像ユリックスで催します。

セキを演じるのは寺島しのぶ、多喜二を演じるのは塩谷瞬。監督は映画「望郷の鐘」を作った85歳の山田火砂子、原作はクリスチャンとしても知られる三浦綾子の小説です。

当時、治安維持法によって、一般人はもちろん、多くの芸術家、学者、宗教家が投獄され、獄死しました。創価学会の創始者である牧口常三郎氏もその一人です。伊勢神宮のお札を受けとることを拒否して1943年7月に逮捕され、獄中で考えを変えなかったため拘置され続け、翌年の11月に東京拘置所で栄養失調と老衰により73歳で亡くなりました。

29歳の若い作家も、73歳の老宗教家も、犯罪に関わったわけでもないのに逮捕され獄死せざるを得なかった治安維持法。

現在、国会で審議されている共謀罪の内容が、この治安維持法にそっくりということで、多くの人が不安を感じています。

映画の上映に先立ち、私たちは小林多喜二の小説について少し勉強しようと思いました。有名な「蟹工船」をはじめ、初期のみずみずしい青春の悩みを描いた作品などにふれ、また佐多稲子、徳永直など、同じ時代の作家たちの文章から、多喜二の死の前後の様子も見てみたいと思います。
あってはならないことが日常茶飯事だった時代。
その中で生きた人々、家族、母と子の思い。
文学を通して、それらの日々に、思いをはせて見てはどうでしょう。

どうぞお誘いあわせの上、またお一人でもお気軽にお出かけ下さい。

講演メモ
(2017年5月21日 河東コミュニティセンター 板坂耀子)

  • 映画の原作三浦綾子の「母」は、セキが受洗してはいないということに気持ちをくじかれたりしたらしい、複雑な気持ちのせいか、作者の他の作品より味わいが深くて私は好きだった。
  • 原作と映画のちがいのひとつは葬儀の席で、多喜二の「ハウスキーパー」伊藤ふじ子が登場すること。拷問の場面の抑制とともに監督の手腕がみごとである。
  • プロレタリア文学を今読むと、女性の立場やテロ行為に違和感があるかもしれないが、そこも理解したい。
  • 多喜二の小説は初期は兄や姉をモデルにした自分の貧しい家庭とか、若者らしい三角関係とか恋の悩みとかで、中でも売春婦の生活を彼女たちの立場で細やかに描いたものが多い。他にも小さい店の老婆(駄菓子屋)とか、巡査(山本巡査)とか、生活に苦しむ人に深く心を寄せている。キリスト教の影響もある。
  • 巡査への同情は後の小説(一九二八年三月十五日)にも現れ、井上ひさし「組曲・虐殺」も、それを利用している。
  • もともと苦悩や絶望を描いても、太宰や自然主義やドストエフスキーとかとは一味ちがった明るさと強さがあるが、非合法活動に入ってそれを題材としはじめてからは、題材の内容が悲惨になるのと反対に、むしろ、その明るさと力強さが増している。北海道の自然描写(防雪林、不在地主、東倶知安行)や、民衆の群像(蟹工船、党生活者)もみごとに描かれている。
  • 虐殺の前後については江口渙の文章(全集に収録)があまりにも詳しい。
  • 佐多稲子「歯車」にも当夜の情景が描かれている(多喜二は仮名)。
  • 徳永直「妻よねむれ」には、多喜二の死の衝撃と戦後の決意があり、今読むと切実。
  • 佐多稲子は後に共産党を離れ、その際の仲間との対立も小説になっていて、これも今読むと胸が痛む。
  • あらためて、現在の私たちのさまざまな運動が、「テロを否定していること」「仲間と分裂・対立しないでいること」の貴重さと幸福を思う。それを、ひたすらに守るだけではなく、常に検証し模索しながら、より豊かに、より強いものにして行くことが、多喜二をはじめ多くの人たちの苦しみや願いを無駄にせず、ひきついで行くことである。
  • ちなみに多喜二が殺されたのは1933年2月20日で、日本が敗戦によって平和になるまで、それから12年かかっています。共謀罪がどうなるにせよ憲法がどうなるにせよ、皆さん、まだまだ先は長いです。ばてないように無理をしないで、元気にがんばりましょう。

講演メモ(補充版)
(2017年6月2日 板坂耀子)

  • 映画の原作三浦綾子の「母」の、作者自身の文庫本解説によると、夫の三浦氏から「小林多喜二のことを書いてほしい」と頼まれて志した。しかし共産党の活動については何も知らなかったし、いろいろ調べて行くうちにセキ(多喜二の母)が最終的には洗礼を受けていないとわかって、気持ちをくじかれたりもしたと言う。
    しかし、そういう複雑な気持ちが、逆に作品に深さと厚みをもたらしていて、まっすぐにいちずな他の作品とは一味ちがった、やわらかい穏やかさがある。
  • 原作と映画のちがいのひとつは葬儀の席で、多喜二の「ハウスキーパー」伊藤ふじ子が登場することで、原作では出て来ない。江口渙の回想記にあるように、実際には伊藤ふじ子は遺体にくちづけして激しく嘆く。その場面を不自然でなくとりいれている。そういうところが、とても監督はうまい。
  • 昔、山本圭が主演した多喜二の映画では、冒頭から凄惨な拷問の場面が描かれるが、今回の映画ではそれが抑制されており、子どもが見ても大丈夫と思う。それでいて、悲しみやむごたらしさは伝わる。この点も監督の手腕がみごとである。
  • プロレタリア文学を今読むと、女性の立場やテロ行為に違和感があるかもしれない。「党生活者」では、伊藤ふじ子は魅力的だが、主人公(多喜二)と同棲する笠原への嫌悪感が正直に描かれ、彼女が活動の犠牲になっている様子が浮かび上がる。また、多喜二や徳永直の作品では、虐げられた弱者が、資本家の幼い子を殺したり、屋敷に放火して家人を焼き殺したりする、現代から見るとテロ行為が肯定的に描かれる。違和感があるかもしれないが、そういう時代であることを理解して読まなければいけない。
  • 多喜二の小説は初期は兄や姉をモデルにした自分の貧しい家庭や、若者らしい三角関係とか恋の悩みを題材にしている。養子に出されて亡くなった兄の立場になって書いたり、貧困の中で苦しむ姉を現実とちがって作品中で自殺させたりしている。中でも売春宿から救い出して、我が物にするのではなく、自立させようと面倒を見た瀧子への愛が生み出したのか、売春婦の生活を彼女たちの立場で細やかに描いたものが多く、山本周五郎の作品のような、細やかな優しさがあふれている。
    他にも小さい店の老婆(「駄菓子屋」)とか、巡査(戯曲「山本巡査」)など、生活に苦しむ人に深く心を寄せて書いた作品が多い。そのような人々の気持ちになって同一化できる人であったとわかる。キリスト教の影響も作品の随所にある。
  • 巡査への同情は後の小説(一九二八年三月十五日)にも現れ、すさまじい拷問の場面の後に、巡査たちとの会話を通して、彼らの苦しい生活や社会への不満もきちんと描いている。一方的に敵を憎むのではなく、その中にも「人間」の姿を見る、この暖かさと強さが、権力者をむしろ一番怒らせ恐れさせたのかもしれない。なお、井上ひさしの戯曲「組曲・虐殺」は、多喜二やふじ子や母や姉や瀧子が魅力的でカッコいい楽しい音楽劇だが、そこで登場する、どこか人間らしい滑稽で愛すべき特高刑事の名が「山本」なのも、多喜二の戯曲を意識しているのだろう。
  • もともと苦悩や絶望を描いても、多喜二の作品には、太宰や自然主義やドストエフスキーとかとは一味ちがった骨太な明るさと強さがある。非合法活動に入ってそれを題材としはじめてからは、題材の内容が悲惨になるのと反対に、描写や筆致は、むしろ、その明るさと力強さが増している。北海道の自然描写(防雪林、不在地主、東倶知安行)や、民衆の群像(蟹工船、党生活者)も、むぞうさに荒々しく描かれているようで、読みやすく巧みな工夫がなされている。
  • 虐殺の前後については江口渙の文章が詳しい。当時の様子が完璧にわかる。「小林多喜二全集」15巻に収録されている。
  • 同時代のプロレタリア作家佐多稲子の「歯車」にも多喜二の死の情景が描かれている。登場人物は仮名になっているが、その場面は迫力がある。
    なお映画で、伊藤ふじ子を家の前で迎える若い女性は新劇女優の原泉。遺体のそばにいる女性は中条(宮本)百合子と、窪川(佐多)稲子である。
  • 徳永直「妻よねむれ」には、多喜二の死の衝撃と恐怖、戦後あらためて活動に参加しようとする決意があり、今読むといろいろと切実である。
  • 佐多稲子は後に共産党を離れ、その際の仲間との対立も小説に書いていて、私は当時、天神の積文館でそれを立ち読みし、民主勢力がこうして分裂して行く悲しみに打ちひしがれたことを昨日のように思い出す。
  • あらためて、現在の私たちのさまざまな運動が、「テロを否定していること」「仲間と分裂・対立しないでいること」の貴重さと幸福を思う。それを、ひたすらに守るだけではなく、常に検証し模索しながら、より豊かに、より強いものにして行くことが、多喜二をはじめ多くの人たちの苦しみや願いを無駄にせず、ひきついで行くことである。
  • ちなみに多喜二が殺されたのは1933年2月20日で、日本が敗戦によって平和になるまで、それから12年かかっています。共謀罪がどうなるにせよ憲法がどうなるにせよ、皆さん、まだまだ先は長いです。ばてないように無理をしないで、元気にがんばりましょう。
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